週刊誌で坂詰歯科が取り上げられてから、ご相談に来院される患者さんが増え、考えさせられることが多くあります。基本的検査・基本的術式を基本通りに行う何ら特殊な事ではなく、時代ニーズに合った機器を導入し、評価されている術式で、診断治療する。国家試験というハードルを同時に越え、どのような医療者になるか勉学の方向は変わりますが、卒後研修は浅いですが広い視点で診る、総合時な臨床歯科の研修が基本だと思います。このコーナーは院長の独り言独断と偏見とお断りしているが、私は開業医の父を継ぐことが当然と思い、大学の総合臨床歯科学講座に有給助手として残り、今、はやりの総合医(歯科医)の道に入り、日本では初めての講座で優しい教授だったので、大学から給料を貰いながら、1年間の保母UCLA 補綴コース、2年間の島本矯正コース、短期の歯周病・歯内療法コースと必要な文献資料記録写真が欲しいと講座費を使う、院長になった今思うと給料泥棒と言いたくなる助手時代を過ごしましたが、臨床研修生からは、わからないことは坂詰に聞けと、(4期生卒業アルバムに学生が書いてくれました)オーラある、あの時代に戻りたいと夢見る事があります。35年前としては最先端講座でしたが、学長交代に合わせて、廃止し、新たに卒後研修研究所が開設され、学内から誰一人手を上げない時に、天の声により(今はやりの忖度)で研究所第1号助手として、参加し、スーパードクターグループとの出会いがありました。自慢話が長くなるので歯科雑誌の院長紹介を読んでください。根管治療に話を戻して、故西川教授が講師時代に私の担当指導医になり、診療中は常に後ろにつき、手の動きや手順をメモし質問し、勉強しました。先生は医療管理学にも精通し、当時から赤字部門と言われた根管治療の効率化を研究され、大学の治療時間は無制限と言われていた時代でしたが、修練状態に合わせて、時間設定をされ、ムリ、ムダ、ムラの無い治療を指導されました。当時としては驚くべき教育法でした。さて歯周病ですが、当時は歯周病講座に残ると変人と思われる時代と認識しています。卒後研修でブラッシング指導に多くの歯科医師が集まる状態で、笑い話になりますが、キュレットという根面をきれいにする器具があるのですが、使い方も分からず、刃が何処についているのか分からない時代でした。アメリカ帰りの故小川先生の研修をUCLAのペリオ模型で実習をしたのですが、本学教授より先にペリオ模型を手に入れた事は自慢でした。   現在、歯周病治療と根管治療は格段の進歩を遂げ、歯周病専門医、根管治療専門医と欧米では高い評価を受けていますが、日本では元々、根管治療と歯周病は同じ講座でしたので、両方を勉学し、歯周・根管を専門とするスペシャリストが今後できるかもしれません。坂詰歯科では、副院長が歯周病講座に籍を置いていたので、歯周病から入り、現在、マイクロスコープ導入し、根管治療、歯根端手術、歯根破折等「インプラントの流に乗らない」歯を残す治療に重きを置き、日本を代表する先生たちに師事し、研鑽を積んでいます。

アポロニア_院長インタビュー